環境省の意見募集

Posted on 12月 14, 2009 - Filed Under 地球について | 2 Comments

「地球温暖化対策の基本法」の制定に向けた意見の募集について http://www.env.go.jp/press/press.php?serial=11891 http://www.env.go.jp/earth/ondanka/act_gwc/pc0912.html 平成21年12月28日まで受け付けているようだ。 というわけで、早速メッセージをメールしておいた。 以下、メッセージ内容。 CO2による温暖化については荒唐無稽な理論であり、 まともに相手をするべきものではないと思います。 しかし、私にとってCO2と環境との関連を知るきっかけになりました。 CO2増加によって劇的に自然環境が改善されることがわかりました。 日本政府環境省として、ぜひ、CO2生産工場建設を実現させ、 地球環境を緑豊かなものに変えて欲しいと思います。 いやー、これが本当に実現したらすごいな。 地球の砂漠が大森林に変化する時代に立ち会えるかもしれない。 そんなことより、チーム・プラス666%のサイトを立ちあげないといけないな。

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脱石油依存の本当の切り札とは

Posted on 12月 3, 2009 - Filed Under 地球について | Leave a Comment

・石油があと40年でなくなるといわれて、はや40年。まだなくなる気配がないが? ・採掘技術向上で、あと100年は持つのではないか。 というような意見を聞く。これらの意見は多分正論だ。しかし、50年後か100年後かわからないが、このままだと近い将来枯渇するということは、可能性として非常に高いのは間違いない。石油無機起源説にしても、時間あたりに湧き出す石油の量には制限がある。このまま石油依存を続ければ、人類のさらなる発展を阻害する要因になるだけでなく、現状維持もままならなくなるだろう。したがって、石油依存からの脱出を考えなくていいということには決してならない。石油確保を目的とした戦争を防止する意義も大きいだろう。 そこで、数年前に原油価格上昇とともに、バイオ燃料ブームが沸き起こったわけだ。しかしながら、このブームは食料価格上昇をもたらし、多くの人々の生活を脅かす原因となるということで、バイオ燃料ブームは去っていった。そして、これもまた社会の中で言及しにくい領域に押し込められていった。 だが、ちょっと待って欲しい。 ここに、世界全体の農作物の収穫量を飛躍的に高め、耕地面積を大幅に拡大させるための手段が存在する。すなわち、高濃度CO2環境への地球のテラフォーミングだ。世界の農作物の収穫量が人類の食料を供給してなお、大幅に余るようになれば、むしろ、バイオ燃料の生産は豊作貧乏を防止する手段となるくらいだろう。チーム・プラス666%の狙いの一つがここにある。緑の革命というのは、即、農業の革命でもある。そして、農業の革命は、バイオ燃料の利用を大幅に促進し、現代文明のジレンマの一つである石油依存を解決することになる。 現代文明のジレンマには、水の枯渇というやっかいな問題もある。世界各地で農業用水が足りなくなってきているのだ。地下水のくみ上げすぎということもあり、色々な工夫によって水の消費を抑えることが求められている。しかし、節約という対策も一体いつまでもつというのだろうか。根源的解決法としては、大量の水を保持してくれる森林面積を増やすことにあるのではないだろうか。 そして、限界のある植林という手段よりもっと自然的に森林面積を増やす手段が、大規模なCO2生産工場による石灰岩を利用した地球テラフォーミングの実現なのだ。 この件に関しては、何度でも繰り返し主張したい。 石油にしても水にしても、節約という対策には必ず限界がある。根源的解決手段として最終的にCO2濃度の人為的増加という解決手段が組み合わさらないと、何をやっても持続可能な対策にはならないだろう。 いやいや、そこで原発ですよ。 という流れが最近ブームになってきているように思う。確かにそれは解の一つとしてある。もう、こうなってくると価値観の問題になってくるのかもしれない。 原発のよる電力で、自動車から水までなんでもすませてしまい、砂漠には無機質な太陽光発電パネルが並び、自然は現在のままの規模でいくのか。 それとも、緑の革命を地球に起こし、砂漠を緑化し、豊穣で大規模な自然界の中で、人類のさらなる飛躍を選択していくのか。

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緑の革命:CO2生産工場の必要性

Posted on 12月 2, 2009 - Filed Under 地球について | Leave a Comment

地球大気の総質量は、気圧と地表面積から計算できて、およそ 5.25×10^18kg = 5250 兆トン あるという。ソースによって多少違う。 気象庁サイトにある炭素循環の図 これによると大気中の炭素の質量は、 5970 + 1650 = 7620 億トン (2007年) 二酸化炭素の質量にすると、 7620 * (44 / 12) = 2 兆 7940 億トン になる。従って、二酸化炭素の大気での質量パーセント濃度は、 2 兆 7940 億トン / 5250 兆 0000 億トン = 0.0532 % 程度ということになる。 通常、大気中のある気体の濃度というのはモル分率で、二酸化炭素濃度は、 383 ppm = 0.0383 % (2007年) である。二酸化炭素は他の気体と比べて重いので、質量パーセント濃度 0.0532% で正しいだろう。 さて、 チーム・プラス666%の目標値を設定したい わけだが、基準としては質量で考えた方がわかりやすいかもしれない。IPCCの数値である2007年二酸化炭素総質量 2 兆 7940 億トン はソースの信頼性がある意味高いので、この数値を基準にする。そうすると、 2 兆 [...]

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チーム・プラス666%スタート

Posted on 11月 22, 2009 - Filed Under 地球について | 4 Comments

改めて述べる必要もないと思うが、我々地球に生きる炭素主体の有機生命体にとって、最も必要とされる物質は、水と二酸化炭素である。この広い宇宙の中には、炭素以外の物質を中心とした生命体が存在するかもしれない。この可能性は捨てきれないが、この宇宙の物理法則下での化学物質の構成を考慮するとかなり低い可能性と思われる。つまり、宇宙に存在する生命は、そのほとんどが炭素生命体であり、従って、水と二酸化炭素が生命を成立させる原資だということは、宇宙不変の法則だと考えられる。 農作物が光合成を行うには、太陽光と水と二酸化炭素が必要不可欠であり、私たちはこれらなくしては、食物を確保できずに絶滅してしまう。 水と二酸化炭素は、どちらも火が燃えた時にできる。古来からの宗教で、生命力の源として火を水よりも根源的であるとして敬ってきたことは、科学的に考えてもあながち間違った信仰ではないと言える。神道では、火と水と食物の代表としてお米を、神さまの御前に奉納し祀る。有機生命体としての繁栄を祈る仕方として、物理的な視点からしても本質をよくとらえている。自然に宿る神性に忠実であることは、日本人の感覚では当たり前の視点であり、ゆえに、火の神、水の神としてこれらを敬い、豊穣の礎として祈り祀ったのである。 しかしながら、二酸化炭素という目に見えない必須の物質については、現代文明においてはじめて認識されたものである。二酸化炭素は火によって生じるものだから、火を生命力の根源とみなせば不足はないのだが、明確に二酸化炭素を豊穣の基本として認識できてこなかったというのは、隙があったということであり、ゆえに、現代においても一般常識レベルでの無知が払拭されていない原因となっていると考えられる。 したがって、人類の持つ信念はこの点において 補完されなければならない。 この計画の第一段階として、世界的なエコブームがあると思うわけだが、最終的には 二酸化炭素を神として敬う もしくはそれに近い地位が人類社会の常識の中で確立するのである。 前置きはこのくらいにして、具体的にどのくらいの大気二酸化炭素濃度を目標値として設定するべきか、考えてみたい。すでに高濃度二酸化炭素環境において農作物の促成栽培が行われているわけだが、1500ppm~3000ppmくらいまで濃度を上昇させることが一般的なようだ。つまり、現在の大気二酸化炭素濃度400ppmから大幅に濃度を上昇させないと理想的地球環境とは言えない。大規模なドーム内での実験などを行わないと明確な理想環境は証明できないというのはある。しかし、現在、地球は深刻な二酸化炭素枯渇状態に置かれており、次に氷河期が訪れて冷海水に二酸化炭素が溶け込んでしまったら、微小生物は生き伸びるとしても、人類は確実に全滅するだろう。もちろん、その時期はすぐには訪れないであろうが、将来の子孫に困難を押し付けるようなことはしたくないものだ。そして、環境を悪化させる要因となるものは、可能性があるというだけで避けておいた方が無難である。それが地球のすべての生物の運命に関わることならなおさらだ。 今すぐに地球のためにできることを実行する 大気中に二酸化炭素をなるべく増やしておくことが地球のためになる。個人でもなるべく二酸化炭素増やすような努力をするとともに、ことが地球規模なので国際的にも協力体制が必要だ。もし、大気二酸化炭素を植生にとっての理想値にできるのであれば、ビニールハウスで高濃度CO2環境を人工的に作り出す必要がなくなり、食糧生産コストの大幅な削減になる。飢餓人口10億人といわれている世界にとっても、早急に対策をとるべき課題と言える。 目標値としては、二酸化炭素濃度3000ppm=0.3%を掲げたい。現在の390ppmの濃度を100%として、プラス666%にあたる。 高濃度二酸化炭素環境では、かつて森林だったサハラ砂漠が、森林としてよみがえる可能性は大きい。中東、オーストラリア、チベットの砂漠も森林となるだろう。今ある森林は、さらに深く生命力にあふれたものになり、驚異的ともいえるような緑に満ちた地球の時代が訪れる。 そしてこれは、人類を通じて行われる地球の変革の意思なのである。

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生命の素材:二酸化炭素

Posted on 10月 28, 2009 - Filed Under 地球について | Leave a Comment

前回の投稿で、人類のような知的生命体は、地球環境で枯渇する二酸化炭素を補充しようという欲求の結果プログラミングされたDNAだと言う仮説を立てた。地球が生命のあふれる環境であり続けるためには、二酸化炭素を大気に補充する行動を起こす存在が必要不可欠だったのである。 ここでDNAをプログラミングしている存在を暗に仮定しているが、それは理知的な存在でもなんでもなく、ただ生き続けよう、勢力を拡大しようとすることを目的とした欲望の巨大な塊として見ている。しかしながら、それは過去数十億年にわたるであろう進化の系譜を司り、そこから経験を得て膨大な情報を蓄えている。本能的情報体のようなものだとイメージしている。 知的生命体の存在意義を二酸化炭素補充のためというのに限定することは、実にバカバカしいことだ。私たちは知的生命体の持つもっとすばらしい面を自覚している。しかし、繰り返しになるがそれは酸素呼吸が活発な動きをする多細胞生物を生み出した過程のように、後付で得られた副産物なのかもしれない。人間の持つ常識や経験と同じ規模ものを、地球の本能的情報体が持っているわけではないことを再度確認したい。 いずれにせよ、この母なる本能的情報体は人類の知性の持つメリットを、さらなる生命圏拡大の道具として認識していることは間違いない。つまり、当初は二酸化炭素の大気補充のためにと火を好むような知的生命体を生み出したが、知性の持つさらなる飛躍の可能性を発見し、今度はこの副産物を最大限利用することが目的となっていきているということだ。すなわち、生命体の宇宙への進出である。 それと同時に、ここに来てこの母なる存在に別の懸念が生じてきているのではないかというのを察することができる。人類が、二酸化炭素を大気に増加させ地球生命の活性化を果すと言う本来の目的を離れて、宇宙へ飛び去ってしまい、地球環境のことを振り返らなくなるのではないかという懸念だ。今の人類は二酸化炭素を大気に補充することを自らの義務と定義していないから、当然の懸念だろう。 地球の本能的情報体のこの懸念が人類の本能に影響を与え、無意識的集団行動にも大きく反映されていると考えられる。人類の宇宙進出と同時期に高まってきたエコロジーという思想である。このエコロジーというキーワードには大きな感情的うねりを感じ取ることができる。 しかし、どういうわけだろうか、エコロジーというすばらしい理念はいつしかCO2削減と同義とされてしまった。以上のような推論に基づけば、全く逆の自己定義を人類にもたらしてしまっていることになる。この部分の180度の意識転換が是非とも必要になってくるということがわかってくる。 どういうことなんだろう? これは地球の本能的情報体の大きな判断ミスだったのだろうか? 決してそうとは言い切れない。なぜなら、正論を単調に突きつけても人類の形成する社会はそれを真剣に受け止めないことを、地球の本能的情報体は知っているからだ。とりあえずは、エコロジーという概念、それとCO2という物質が結びついていると言うことを人類全体に知らしめることが最初のステップであり、それは石油文明否定という脅迫とともにすでに達成されている。見事だというほかない。 そしてこれは予測だが、CO2削減というテーマは更なる本能的強制力を持って人類を拘束していくのではないだろうか。最終的に達成したい目標があるからだ。人類が二酸化炭素の地球生命圏へ与える寄与を詳細に把握し、その恒久的な供給を使命として確立する。この目標が達成されるまで、人類の困った自己閉塞状況はモンスター環境主義者とともに続いていくだろうと推測できる。 ということで、今回のブログのテーマ、生命の素材としての二酸化炭素と、その理想とする大気濃度についてまとめようと思う。地球の将来を左右する重要なテーマだ! ・・・続く

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地球が人類を生んだ理由

Posted on 7月 14, 2009 - Filed Under 地球について | Leave a Comment

生命はなぜ誕生したか?進化がなぜ起きるのか?我々知的生命体はなぜ存在するのか? 未だ完全に解明されていない大きな謎である。しかし、我々は地球の過去の歴史を丹念に調べることで、生命の進化の様子について、おぼろげながらその歴史を、大まかな流れとして把握することが出来ている。こうした調査の結果、確実に言えることがいくつかある。一つは、進化が決して人類のような知的生命体を完成形として目指し、一直線に進んできたとは言えないという事だ。悠久の時の流れの中、進化は弱肉強食をその根本原理としつつ、ただ生き残るということを目指して、非常に緩慢に、そして、ほとんと行き当たりばったりで進んできているように思える。多種多様な生物を生み出して来た生命の進化は、実に驚異的で奇跡的だが、時に大量絶滅を引き起こしたりしている。もし進化の背後に地球の集合的無意識の存在を想定するにしても、それは最初から完全な英知を持っていたものではなさそうである。また、人類のような知的生命体を創造しようという動機がはじめからあったのかも疑問に思うべきだろう。完全な英知を持った存在が、知的生命体を創造することを目的としていたなら、最初に人類を作ってそれで終わりである。恐竜など存在する余地はなかったはずだ。 つまり、地球の生態系は、その進化の過程で自己矛盾を含む失敗していく体系を展開しつつ、軌道修正を繰り返しているという様子が浮き彫りになる。このことは現在であっても例外ではないと考えられるだろう。 例えば、原初の地球で、光合成をする生物が地球に現れ酸素という物質が生産され出したとき、酸素に弱い生物は非常に困った。酸素は反応性の高い物質なので扱いづらいのだ。しかし、長い時間をかけて酸素をエネルギーとして利用する生物が現れ、結果として大幅な生存圏の拡大が成ったのである。自己矛盾を乗り越えて、我々が当たり前に行っている呼吸が成立した。進化という過程がどのようなものかという典型である。 前回の投稿で、巨大生物絶滅の原因として、二酸化炭素の減少を挙げてみた。二酸化炭素を食いつぶしているのも他ならぬ生物であり、これは一つの地球生態系の自己矛盾である。この自己矛盾が、哺乳類の進化と繁栄をもたらしたのはとってもいいことだが、事態はそんなに単純ではない。 実は、地球史的スケールからすると、現在大気中の二酸化炭素は、枯渇していると表現できるほど少なくなりすぎている。地球環境における二酸化炭素の減少が、現在いかに深刻な事態になっているのか、触れられる事がほとんどないようだ。しかし、このままいくと、恐竜やマンモスのような巨大生物だけでなく、地上の普通サイズの高等生物がすべて絶滅することは確実である。 ウィキペディアで氷床コアのグラフを見てみよう。この40万年で極端な地球寒冷化が4回起きていることがわかる。この最も寒い時期には二酸化炭素濃度が 200ppm を割り込んでいる。二酸化炭素濃度 200ppm というと植物の成長が極端に遅くなる濃度だ。この時、植物に依存する動物すべてが非常な困難を経験したし、絶滅した生物も沢山あることだろう。他に注目すべきなのは、ダストの量だ。南極の氷にあるダストは、砂漠から巻き上げられた砂塵だと考えられるが、これがどんどん増えている。特に今から2万5千年前は、地表のほとんどが砂漠だったのではないだろうか。 二酸化炭素の温室効果は、濃度-効果のグラフが対数関数的になっており、400ppmほどでほとんど飽和するが、200ppm を割り込むほど濃度が低下すると、その温室効果はガクンと落ち込む性質がある。 2万年前の氷河期には日本にも氷河が存在した。海水面は今より120m下にあったし、日本列島以北が完全に氷に覆われてしまったと考えられる。この状況は地球があと少しで引き返すことの出来ないスノーボールアースにはまり込んでしまう危険性を示している。スノーボールアースになると、数億年は高等生物が存在できない世界になってしまう。地球の全生命にとって危険な状態である。幸運にも周期的な太陽光の増加によって暖かくなり、海水から出てきた二酸化炭素で生命が再び繁栄したので良かったものの、次の氷河期を乗り越えられるという保障はどこにもない。 このように地球環境から少なくなっていく一方の二酸化炭素だが、二酸化炭素を吸い尽くしている元凶であるサンゴは、人工衛星からはっきり見える最大の生物痕を残すほどに繁栄しているのだ。二酸化炭素は石灰岩として閉じ込められると、出てくることはほとんど無い。 進化というものは、時に方向性が非常に愚かで自己矛盾している。しかし、その変動に粘り強く適応し、問題を克服していく能力は抜群だ。そのおかげで、生命は地球上に生き残ってきている。特にこの700万年ほどの間に極限に達しようとしている二酸化炭素枯渇という危険な状態に対して、地球は特別な生命の進化を次に準備したと考えられる。すなわち、火を使用する知的生命体である。 すべてにおいて、その原因を一義的に定めるのは危険なことだ。知的生命体誕生の理由を、大気中二酸化炭素補充のための特別な進化だとしか見ないのは、もちろん無理があることだ。しかし、その必然性について一定の説明がつく仮説ではないだろうか?進化の目標が知的生命体にあったというのは、我々の視点からの後付の理由でしかないということを念頭に置いて欲しい。 結果としては、人類は地球の全生命体が欲していた炭素という原子を、化石として埋もれている石油石炭から大気に補充している。生き残りをかけた地球生命総体の目論見として、大気二酸化炭素の増加があるのだとしたら、その目的の第一段階は達成されつつあるのである。 このような仮説を取り入れると、二酸化炭素補充が完了した時に、人類は地球にとって用済みになって滅ぼされるのではないかと思うかもしれない。しかし、この点では安心できる。量的な観点からすれば、二酸化炭素はまだまだ全然足りない。人類による二酸化炭素補充計画は始まったばかりだ。

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恐竜やマンモスは二酸化炭素減少で滅びた

Posted on 7月 12, 2009 - Filed Under 地球について | Leave a Comment

恐竜の滅びた原因について隕石衝突説など諸説あるが、普通に推理すれば当然のことになぜか言及する人が見当たらないので、まとめてみようと思う。 恐竜のような巨体を維持するには、かなり量の餌が必要なのは容易に推理できる。その大量の餌はどこから提供されるのだろうか?もちろん植物である。当時は恐竜と同じくらいの巨大な裸子植物が、かなりの成長スピードで繁茂していたことだろう。 植物の成長に必要なものは、日光と水と二酸化炭素、それから適温と肥料だ。 これらの条件のうちいずれかが欠ければ、植物は成長スピードが落ち、恐竜は巨体を維持できなくなって絶滅に追いやられる条件となりうる。これらのうち水と肥料は過去の地球で無くなったということは考えにくい。温度の低下というのは原因として十分考えられる。日光が少なくなるというのは、例えば隕石や火山活動の活性化で一時的に地表が暗くなると、条件になりうる。恐竜絶滅の原因として、温度変化や日光遮断を挙げるのは理にかなっている。 だがどうしたわけか、二酸化炭素減少による影響については、さっぱり真剣に取り上げられている気配がない。少し不公平な気がする。太古の大気中二酸化炭素濃度が、現在の10倍以上あり徐々に減少していったことはよく調べられている。植物の成長スピードは二酸化炭素濃度変動によってかなり変動することは、実験によってわかっている。にも関わらず、である。 植物の体のうち炭素原子はすべて二酸化炭素によるものだ。それを食って生きている動物についても同様だ。炭素は生命体にとって最も基本となる原子であり、有機という言葉は炭素を含むということを意味していることからも、その重要性は誰でも知っているだろう。生命が保持する炭素すべてが、大気中の二酸化炭素濃度に依存しているというのに、その濃度減少についてパラメータとして全くといっていいほど無視しているのは可笑しいことだ。そうじゃないだろうか? 二酸化炭素は水に溶けやすい物質なので、生命体は大気中の二酸化炭素を容易に利用することができる。これは、大気濃度のほとんどを占める窒素については、水に溶けにくい性質から生命体がほとんど利用できていないこととは対照的だ。植物は、大気に豊富に含まれる窒素を利用できない。窒素肥料として土の中からチマチマと吸収していくしか手は無い。しかし、二酸化炭素については様々な生物が環境からとりだしてどんどん利用している。 この利用しやすさから、二酸化炭素は植物だけでなく、サンゴや貝などの動物にも利用されている。これらの動物は炭酸カルシウムとして二酸化炭素を固体に固定する。石灰岩として世界中で大量に見られるものは、サンゴのような動物が固着化した二酸化炭素の痕跡である。 このように大気中の二酸化炭素は生物によく利用され、数千万年、数億年という時間で徐々に減っていくのである。 別に、恐竜絶滅の原因を、二酸化炭素減少だけに求めているわけではない。しかし、その主原因として挙げられるべき地位は十分にある。 地球寒冷化によって冷海水に閉じ込めれらる二酸化炭素の量もバカにならないだろう。恐竜絶滅の要因としては複合的なものであるだろうが、地球寒冷化や日光遮断と比べ、二酸化炭素濃度が低下していったことは決定的な事実である。 減少していく二酸化炭素という環境に対応するために、植物は面積の広い葉を求めて進化した。集光効率を上げるとともに、二酸化炭素吸収効率も上げる必要があったのだ。かつての恐竜時代のように、それほど複雑な枝を持たなくても、どんどこ成長できる時代ではなくなったのだ。哺乳類も少なくなる餌に対応できていたために爬虫類などと比べて繁栄したのである。 大気中の二酸化炭素濃度がジリ貧になっていく中、植物の成長スピードもかなり減ってきてしまった。だから、恐竜時代と比べて生命の多様性は失われ、一旦は小型の生物しか存在しない地球の時代があったと考えられる。 そんな中、二酸化炭素濃縮機能を持った植物が出現する。C4型光合成と言われているものだ。これによって植物の成長スピードが再びアップし、哺乳類の強大化が始まったと推測できる。第二の巨大生物の時代だ。そうは言っても、地球の二酸化炭素濃度はすでに低空飛行の状態に入っている。地球温度の周期的な上昇と下降によって海中に二酸化炭素が溶けたり出てきたりするものだから、その影響がもろに出てくるような環境になっている。だから、恐竜ほどの巨体を持つまでには到らなかったと考えられる。 そうしているところで、およそ700万年前に決定的に二酸化炭素濃度が激減し、C4植物が激増する。この時、ある重要な環境変動があったと考えられる。この時以来、地球は二酸化炭素濃度の超低空飛行の状態が続いていく。 スノーボールアースという学説がある。ある面積の地球表面を氷が覆ってしまうと、そのアルベド値(反射率)の激増によって、地表全体が氷に覆われてしまい、その悪循環から抜け出せなくなるというものだ。これは、ある程度の二酸化炭素による温室効果があるならば防がれる状態ではある。 しかし、特にここ100万年間の氷河期の地球では、二酸化炭素濃度はほとんど臨界に達するくらい減少している。ここまで来ると、スノーボールアース一歩手前の状態だ。C4植物でも仕方の無いくらいに成長が遅くなり、砂漠化も激しく進行した。巨大哺乳類であるマンモスもこうして絶滅していったのである。 以上大雑把ではあるが、二酸化炭素濃度と生命の繁栄を密接な関係性を持つものとして考察すれば、生命の進化と絶滅について、より多くのことを説明できる。地球上に生きる生命は炭素生命体であり、その資源はすべて大気中の二酸化炭素にあるのだから、当たり前だ。 次に、二酸化炭素濃度の減少と進化との関連性、また、火を使う生命体=人類の出現について、その地球史的役割を考えてみたい。

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