角度だけを真とする数理
Posted on 11月 26, 2009 - Filed Under 宇宙について | Leave a Comment
角度は、単位円上の2つの半径によって定義される。この2つの半径は長さ、もしくはノルムが1のベクトルである。1つの角度は、2つのベクトルによって定義できるし、逆に1つの角度から、2つの半径を定義することもできる。今、角度をベクトルに表現しなおすとしよう。すると、ベクトルの基準としてある直交座標系をとらなければならない。 例えば、90°という角度を表すのに(0, 1), (1, 0)という半径を選んでもいいし、(-1,0), (0, -1)という組み合わせを選んでもいい。組み合わせの数は無限にあるが、角度という計量を主体とするなら、その2つの半径の組み合わせはすべて同値であるとみなせるだろう。 この変換においては、半径は基準を変えると数値も変化する、ただの相対的な表現である。言い換えると、角度を実在の計量とした場合、半径とそれを構成する実数の組み合わせは、仮想的存在とみなされる。 単位円上にただ一つの半径が、ベクトルで表現されているとする。この単独のベクトルはいかなる角度も表さない。ゆえに、この一つベクトルは、仮想的存在でとどまっており、なんら実在と関わりを持っていない。 半径を表すベクトルは、N次元であっていいし、四元数のベクトルであっても、直交関数でもいい。ただ、ノルムは1に限定され、角度が定義されなければならない。すなわち、限定されたヒルベルト空間であり、量子力学での波動関数でもある。 いきなり、数学の話から物理にぶっ飛びました。角度を主体とした数理イメージから、大胆にも量子力学に入ろうとしている。角度だけが物理現象の一切を表す権利を持つ計量であるという原理にあくまでも忠実でいたいわけだ。 このこだわりからして、波動関数を仮想的半径のことなんだとみなしてみよう。波動関数の全空間積分、つまりノルムは、全確率だから必ず1になる。1にしなければならない。つまり、波動関数は、超球の半径だとみなすことができるのである。これが、位置や運動量、エネルギー、質量などを定義することになるのだから、かなり変態的な超球である。 このように考え、波動関数は単独では意味を成さない仮想的存在ではないかとイメージしてみる。実際の物理現象、素粒子は2つの波動関数の角度が表していると推理できる。シュレーディンガー方程式や行列力学などの形式は、この角度を取り出す操作だと考えることはできないだろうか。そうすると、経路積分がある意味最もわかりやすい角度の抽出方法だとも思える。
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Posted on 11月 22, 2009 - Filed Under 地球について | 4 Comments
改めて述べる必要もないと思うが、我々地球に生きる炭素主体の有機生命体にとって、最も必要とされる物質は、水と二酸化炭素である。この広い宇宙の中には、炭素以外の物質を中心とした生命体が存在するかもしれない。この可能性は捨てきれないが、この宇宙の物理法則下での化学物質の構成を考慮するとかなり低い可能性と思われる。つまり、宇宙に存在する生命は、そのほとんどが炭素生命体であり、従って、水と二酸化炭素が生命を成立させる原資だということは、宇宙不変の法則だと考えられる。 農作物が光合成を行うには、太陽光と水と二酸化炭素が必要不可欠であり、私たちはこれらなくしては、食物を確保できずに絶滅してしまう。 水と二酸化炭素は、どちらも火が燃えた時にできる。古来からの宗教で、生命力の源として火を水よりも根源的であるとして敬ってきたことは、科学的に考えてもあながち間違った信仰ではないと言える。神道では、火と水と食物の代表としてお米を、神さまの御前に奉納し祀る。有機生命体としての繁栄を祈る仕方として、物理的な視点からしても本質をよくとらえている。自然に宿る神性に忠実であることは、日本人の感覚では当たり前の視点であり、ゆえに、火の神、水の神としてこれらを敬い、豊穣の礎として祈り祀ったのである。 しかしながら、二酸化炭素という目に見えない必須の物質については、現代文明においてはじめて認識されたものである。二酸化炭素は火によって生じるものだから、火を生命力の根源とみなせば不足はないのだが、明確に二酸化炭素を豊穣の基本として認識できてこなかったというのは、隙があったということであり、ゆえに、現代においても一般常識レベルでの無知が払拭されていない原因となっていると考えられる。 したがって、人類の持つ信念はこの点において 補完されなければならない。 この計画の第一段階として、世界的なエコブームがあると思うわけだが、最終的には 二酸化炭素を神として敬う もしくはそれに近い地位が人類社会の常識の中で確立するのである。 前置きはこのくらいにして、具体的にどのくらいの大気二酸化炭素濃度を目標値として設定するべきか、考えてみたい。すでに高濃度二酸化炭素環境において農作物の促成栽培が行われているわけだが、1500ppm~3000ppmくらいまで濃度を上昇させることが一般的なようだ。つまり、現在の大気二酸化炭素濃度400ppmから大幅に濃度を上昇させないと理想的地球環境とは言えない。大規模なドーム内での実験などを行わないと明確な理想環境は証明できないというのはある。しかし、現在、地球は深刻な二酸化炭素枯渇状態に置かれており、次に氷河期が訪れて冷海水に二酸化炭素が溶け込んでしまったら、微小生物は生き伸びるとしても、人類は確実に全滅するだろう。もちろん、その時期はすぐには訪れないであろうが、将来の子孫に困難を押し付けるようなことはしたくないものだ。そして、環境を悪化させる要因となるものは、可能性があるというだけで避けておいた方が無難である。それが地球のすべての生物の運命に関わることならなおさらだ。 今すぐに地球のためにできることを実行する 大気中に二酸化炭素をなるべく増やしておくことが地球のためになる。個人でもなるべく二酸化炭素増やすような努力をするとともに、ことが地球規模なので国際的にも協力体制が必要だ。もし、大気二酸化炭素を植生にとっての理想値にできるのであれば、ビニールハウスで高濃度CO2環境を人工的に作り出す必要がなくなり、食糧生産コストの大幅な削減になる。飢餓人口10億人といわれている世界にとっても、早急に対策をとるべき課題と言える。 目標値としては、二酸化炭素濃度3000ppm=0.3%を掲げたい。現在の390ppmの濃度を100%として、プラス666%にあたる。 高濃度二酸化炭素環境では、かつて森林だったサハラ砂漠が、森林としてよみがえる可能性は大きい。中東、オーストラリア、チベットの砂漠も森林となるだろう。今ある森林は、さらに深く生命力にあふれたものになり、驚異的ともいえるような緑に満ちた地球の時代が訪れる。 そしてこれは、人類を通じて行われる地球の変革の意思なのである。
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Posted on 11月 1, 2009 - Filed Under 宇宙について | Leave a Comment
単位四元数の集合を、四元数の対数関数によって三次元化したものをトリロジー投影と名づけたわけだが、ロジャー・ペンローズのツイスター理論の想定している空間と同じなのかもしれないと思って、トーラスによるホップファイバー構造(Hopf fibering)を描いてみた。思ったより簡単に描けてしまって拍子抜けしてしまった。XY平面上の円から、Z軸へ真っ直ぐ直線?を引くだけだ。四元数を使えばツイスター理論も簡単になるのかもしれない。ペンローズほどの数学的才能で四元数を知らないとは思えないが、四元数自体のわかりにくさを避けて、ツイスター理論の数学が構築されているのかも。リー代数の知識のある人なら「あたりまえじゃんw」と思われるかもしれないが、計算が楽になると言う意味で四元数のほうが多少の有利さがあると感じる。 しかし、これ、何かに似ている。 円上の点から散開させるように線を引いても元に戻ってくる。 調子にのっていっぱい書いてみる。これは、まさしくツイスターだ?!
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